伝説のランナーとナイキが生み出した影の傑作スニーカー「プリモントリオール」

  • ハイテクスニーカーもいいけど、ローテクも好き。
  • せっかくならちょっと渋いローテクが欲しい。
  • なんだかんだでナイキが好き。
  • ナイキのローテクを探しているけどなかなか気分なスニーカーを見つけられない。
  • コルテッツ、チャレンジャー、インターナショナリストは持っている。もしくはなんだか今は気分ではない。
  • ナイキのローテクのシルエットは、どちらかといえばデイブレイクの方が好き。
  • ちょっとレトロなモデルが気になる。
  • 物語性のあるスニーカーを探している。
  • 美学を大切にし、熱く生きたい。

全てに当てはまった方、「Pre Montreal Racer(プリモントリオールレーサー)」を検討すべきです。

どれか1つでも当てはまった方、「Pre Montreal Racer(プリモントリオールレーサー)」を検討すべきです。

ちょっとポテッとしながらもシュッとした表情がなんとも可愛く、タウンユースでは気張らない足元を演出してくれる一足。

1971年6月18日、ナイキの象徴である「スウッシュ」がデザインされた最初のシューズが発売され、ほどなくして1973年に制作されたモデルがこのプリモントリオール。

現代で出会えるのはこの復刻版で、実はかなり歴史のあるモデルなんですね。

実はこのモデル、ナイキの成長とスポーツ文化の成長における大事な歴史が詰まっています。

今回は圧倒的な闘志で歴史を紡いできた一人のランナーのために作られた一足、「プリモントリオール」をご紹介していきます。

スティーブ・ローランド・プリフォンティーンのためのPre Montreal、通称「プリモントリオール」

今回ご紹介するプリモントリオールを知ることは、実はナイキの大切な歴史を知ることにも繋がります。

さて、時代は遡り1973年。改めてスポットを当てるのはこの年に最初にリリースされたプリモントリオール。

キーマンはナイキの史上初のスポンサー選手、さらにナイキランニングの創始者であるビルバウアーマンの一番弟子だったアスリート、「スティーブ・ローランド・プリフォンティーン」

彼は「陸上競技界のジェームスディーン」とも称されています。

このシューズは1976年にカナダで行われるモントリオールオリンピックへの挑戦のため、彼のために特別に設計されたレーシングスパイクシューズでした。

彼はシューズに対してとても神経質だったためナイキはその細かい要望に答えた一足を作り上げます。

彼のニックネーム「プリ」と、彼が目指していたモントリオール・オリンピックから名付けられた「プリモントリオール」。彼のためのシューズであるオリジナルモデルは実に多くのランナーを虜にしました。

数々の輝かしいタイトルを獲得し、ナイキの成長に貢献したプリフォンティーン

22歳にして、アメリカ陸上界で最も有名な選手となったと言っても過言ではないプリフォンティーン。

オレゴン出身で並外れた才能を持っていた彼は、幾つもの距離においてアメリカ記録を樹立していきます。

高校3年の時にはランニングでトップレベルの大学から勧誘を受けていましたが、当時オレゴン大学のヘッドコーチでもあった、ナイキ創始者のビル・バウワーマンの手書きの手紙に感動し、1969年からバウワーマンとアシスタントコーチのビル・デリンジャーの下、オレゴンでトレーニングをスタートしています。

輝かしいタイトルの一部はざっとこのような感じ。

  • 2マイルを8分41秒5で走り、自身初の国内記録を樹立
  • 1968年と1969年には連続して州のクロスカントリー選手権で優勝
  • 高校2年と3年、クロスカントリーとトラック種目で負け知らず
  • NCAAの大会で7度の優勝
  • Pac-8カンファレンストラック大会で、オレゴン大学在学の4年間の毎年3マイルレースでの優勝
  • 1971年、マイル競技でも優勝
  • 在学中を含む1970年から1975年の間、ホームとなるオレゴン大学のヘイワードフィールドでは38戦35勝

などなど、とんでもない勢いで数々の歴史を作り出していきます。

プリフォンティーンが活躍していた時代、ランニングは決して注目を浴びる競技ではありませんでした。しかしそんなランニングを尊敬の対象へ、そして「イケてる」ものへと変容させたのはプリフォンティーンの活躍が極めて大きかったと言えます。

プリフォンティーンとナイキが数々の偉業を成し遂げた裏にある「スウッシュ」マークは信頼出来るランニングブランドとして確立。

ここから世界的なブランドへと変貌していきます。

アマチュア運動連合(AAU)への抵抗

当時、アマチュア運動連合(AAU)はランナーの競技日程などを管理し、アスリートの出場によって与えられる報酬の大半を独占していました。

プリフォンティーンは偏った規則にがんじがらめになっていたアメリカの陸上競技選手のため、疑問を訴え続け、様々な活動をしていたことでも知られています。

1970年代、オリンピック出場を目指す選手は、アマチュアで活動を続けることが求められていました。そのため、トレーニングをしながらも、その他の手段で生計をまかなわなければならなかったのです。

プリフォンティーンは前述のように輝かしい経歴がありました。ですが1976年のモントリオール大会の出場資格のために、20万ドルを超えるプロの契約金を諦め、AAUが認めた最大3ドルの日当で活動をしていたんだとか。

彼は、自分の競技参加資格を失う覚悟でAAUの不平等への疑問を広く訴え続けました。

1975年5月29日、プリフォンティーン最後のレース

この日、5,000m競技に参加したプリフォンティーン。

ヘイワードフィールドの7,000名の観客の前で最後のラップを60.3秒というスピードで周り、この試合では自身がもつアメリカ記録を凌ぐ13分23秒8で優勝しました。

その後、このアメリカ最大の陸上スターを悲劇が襲います。輝かしい記録を打ち立てた直後、まだ日付が変わって間もない時刻に自動車事故によって、人生に幕を閉じることに。

このときプリフォンティーンは24才。ついに1976年のモントリオールオリンピック出場の夢は叶いませんでした。

圧倒的闘志で戦い続けたプリオンティーンの功績

「言葉や音楽を使ったり、筆と絵の具を使って創作活動をする人もいる。私は走ることによって美しいものを作りたい。人々の目を奪い「あんな風に走る人をこれまで見たことがない」と言わせたい。」

-Steve Prefontaine-

戦士のような強い意志を持ち、まるで命をかけるかのような意気込みですべてのレースに挑んだプリフォンティーンの美学。その闘志や大胆なレース戦術、カリスマ性は、多くの人を惹きつけ、若いランナーたちに走る意欲と全力を戦う重要性を与えてくれました。

アスリートはもちろん、あらゆる世代、日々を生きる我々にとって、圧倒的な熱量を持って突き進んできたプリフォンティーンとは「一生懸命練習をして試合に全力を出し尽くすべき」という理念を体現する存在でした。

同時にナイキにとっては、陸上トラックの象徴的存在、かつナイキというブランドを育てていった存在です。

余談ですが、プリフォンテーンの死後、ナイキ及びその他のランナー達が彼の活動を受け継ぐことに。彼の死後3年が経過した1978年、アメリカ議会によってAAUの廃止が決定しています。

一般的に見れば、プリフォンティーンが陸上トラック界に遺したもっとも重要な功績と言えるでしょう。

ですが強い影響力と世界的に様々なインパクト与え続けるナイキを育てたことも、彼のもう1つの大きな功績であると言えます。

スポーツ文化の発展を影で支えた一足「プリモントリオール」

さて、だいぶ長くなってしまいました。

中・長距離種目で全米記録を次々と樹立し、カリスマ性を備えたヒーローでもあり、スポーツ文化に大きな影響を及ぼしたプリフォンティーン。

彼の情熱とナイキの技術が生み出したこの一足は、現代においても高いパフォーマンスを誇ります。

軽くて通気性に優れたアッパー、快適なクッショニングは現代のモデルにもしっかり継承。

オリジナルでは競技用のスパイク仕様だったツーリングを、復刻版では耐久性に優れたワッフルソール(ラバーアウトソール)にアップデートしています。

プリモントリオールレーサーはスニーカー史に残る発明「ワッフルソール」を採用

ナイキのレトロランニングモデルのスニーカーと言えばワッフルソール。

ワッフルソールは一片が約5mm程度の正方形の突起が並んでいるソールのこと。滑り易い路面等でも安定してグリップするように開発されました。

スニーカーにおける世紀の大発明とも言えるこのソールシステムは、ナイキを一流企業へと押し上げるエンジンにもなりました。

当時の競技用スパイク「Pre Montreal(プリモントリオール)」から、アウトソールをナイキ独自のワッフルソールに変更した新モデルのことを「Pre Montreal Racer(プリモントリオールレーサー)」と呼びます。

「ワッフル」の名前の由来は、まさにあの食べるワッフル。

ある朝、ワッフル焼き機を見た創始者バウワーマン。ここで滑りにくい突起物を備え、さらにクッション性に優れた「ワッフルソール」を思いつきます。

これがきっかけとなり初期のビジネスパートナー「オニツカタイガー」との取引を停止し、自社ブランドをスタート。

そして、初期のナイキの代表的テクノロジーであるワッフルソールを搭載したスニーカーが大ヒットすると、ブランド名であった「ナイキ」をそのまま社名に変更しました。

ワッフルソールを使用した代表的なプロダクトには「オレゴンワッフル」や「ワッフルトレーナー」もありますね。

タウンユースにも活躍してくれる普遍的で洗練されたデザイン

軽量性、クッション性、グリップ性などの機能性はさることながら、現代でも使用に足る洗練されたデザインも魅力的。

例えば快適なフィッティング性を具現化するために生まれた一切縫い目のないボックス型のトゥや、通気性に優れたナイロンと耐久性に富んだスエードのコンビ使い。

これは当時としては画期的な技術だったそうです。

この機能性から追求されたデザインがプリモントリオールの美しさを支えているんですね。

余計な装飾のない普遍的なデザインなため、ちょっとレトロでスポーティーなローテクスニーカーを探している方にはドンピシャでハマるはず。

中には当時の風合いをそのままにミッドソールを黄ばませて、デッドストックのような風合いで仕上げたヴィンテージシリーズも存在します。

  • Brand : NIKE
  • Item : PRE MONTREAL RACER
  • Price : ¥9,000(excluding tax)

深い歴史を持つ、語れるローテクスニーカー「プリモントリオール」

ちょっと粋なローテクスニーカーを探している方はもちろん、ナイキのアイデンティティーの根源に触れたい上級者の方までおすすめなプリモントリオール。

極めて熱く濃い歴史を秘めながらも涼しい表情の佇まいがなんともたまらないモデルです。

ですがなかなか日本の店頭で売っていることが少ないのがちょっと難点。もしあったとしてもなかなか年季の入ったヴィンテージだったりすることも…

綺麗な状態を探すのであれば、オンラインを利用するのがいいかもしれませんね。

数あるナイキのコレクションの中でも特に深い歴史と意味をもつ一足、ぜひ楽しんでみてください。